大判例

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東京地方裁判所 昭和58年(行ウ)74号 判決

主文

昭和五五年(行ウ)第一〇四号事件のうち公金の支出の差止め請求をいずれも棄却する。

昭和五八年(行ウ)第七四号事件の請求を棄却する。

その余の請求に係る訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

〔昭和五五年(行ウ)第一〇四号事件〕

1  被告東京都豊島区長が同区東池袋三丁目三二二七番一所在の東池袋中央公園内に設置された別紙物件目録(一)記載の記念碑を撤去しないことは、同被告に同公園の管理を怠った違法があることを確認する。

2(一)  主位的請求

被告東京都豊島区長は、右記念碑を撤去しない限り、右公園の維持管理費を支出してはならない。

(二)  予備的請求

被告東京都豊島区長は、右公園北西部分の別紙物件目録(二)記載の土地上にある遺跡に維持管理費を支出してはならない。

3  訴訟費用は被告東京都豊島区長の負担とする。

〔昭和五八年(行ウ)第七四号事件〕

1  被告日比寛道は、東京都豊島区に対し、金一八〇万二五五〇円及び内金七七万二五五〇円に対する昭和五六年四月一日から、内金一〇三万円に対する昭和五七年四月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告日比寛道の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言

〔昭和五九年(行ウ)第六三号事件〕

1  被告日比寛道は、東京都豊島区に対し、金一〇三万円及びこれに対する昭和五八年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告日比寛道の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

原告らの訴えをいずれも却下する。

2  本案の答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  本件記念碑及び本件施設の設置、維持管理

(一) 本件記念碑及び本件施設の存在、形状等

東京都豊島区東池袋三丁目三二二七番一所在、東池袋中央公園(地積六一八九・五七平方メートル。以下「本件公園」という。)は、東京都豊島区(以下「豊島区}という。)が国から無償で借り受けた国有地上に設置した都市公園である。同公園北西部分の別紙物件目録(二)記載の土地(以下「本件刑場跡地」という。)上に、別紙物件目録(一)記載の形状、碑文の石碑(以下「本件記念碑」といい、これを含めて、現在本件刑場跡地上にある施設を以下「本件施設」という。)が設置されている。

本件施設を含め本件公園の維持管理は、被告豊島区長の責任に基づき執行されている。

(二) 本件記念碑及び本件施設の経緯

(1) 本件刑場跡地をめぐる歴史的事実

ア 本件刑場跡地周辺には、昭和一二年から昭和四六年四月まで、東京拘置所が設置され、本件刑場跡地には同拘置所の処刑場があった。

右処刑場は、占領中、巣鴨プリズンの処刑場として使用され、極東国際軍事法廷によりA級戦犯七名に科せられた死刑が昭和二三年一二月二三日、同所において執行された。

イ 右処刑は、同所のコンクリート塀に接着して設置された五台の特設絞首台において、執行された。

右絞首台撤去後の跡地に、昭和二七年一二月一日、墓標とみうる五つの塚が設置され、その両側には榊等が植樹された。本件刑場跡地は、その当時から「聖域用」と書かれた塵取りで清掃され、朝夕に巣鴨人の礼拝が絶えることがなかった。刑場建物周囲を巡る赤レンガ敷と、縁石と塀により区画された右五つ塚との間には白石が敷かれ、塚の前の縁石には供花、線香用の台が置かれていた。

ウ 右五つ塚周辺の整備工事は、元陸軍少将福島久らが、「刑場整備の目的は、ただ美化するというだけでなく、戦争犯罪人として処刑された人々の刑場跡を将来聖地として刑務所から分離し、いつでも国民が自由に参拝できるようにする。その整備の構想として、一、五つの絞首台跡にそれぞれ記念的な形、たとえば土饅頭または碑を作る。二、刑場跡の聖地化は国家的事業であるので、将来一流の設計家と技術家の手によって、すぐれた造形物を仕上げるべきである。」との骨子の許可願いを提出し、許可を得て実施した。福島は、「刑場跡地の奥の院たる墓地を整備する」という発想で右工事を行った。また、在所者中山博二は、当時、記念碑一基の設置をアドバイスしていた。

エ 右工事完成後、右施設は「恒久平和を希求するにふさわしいもの」と評価され、さらに、戦争受刑者世話会理事長藤原銀次郎、在所者を代表した巣鴨運営委員長、巣鴨会理事長今村均らにより、昭和三一年ないし昭和三四年ころ、法務大臣に対し、将来この地に戦犯刑死者全部を合祀し、その霊を弔うとともに戦争による悲劇を再びくりかえさないための祈願として、いつでも自由に参拝できるように史跡として保存したいとの陳情が行われた。

オ 右事実こそ「永久平和を願って」、「戦争の悲劇を再びくりかえさないために」の本件記念碑の碑文の出発点であり、当初のねらいを実現したものが現状の碑文であり、過去の経過と断絶した豊島区独自の趣旨の碑でないことを示すものである。

(2) 本件施設の設置の経緯

昭和三三年二月二一日、東京拘置所の早期移転に関する閣議了解が行われた。財団法人日本遺族会(会長A級戦犯賀屋興宣)外七団体は、昭和三九年六月、東条英機以下の戦争犯罪人の処刑が不当であることを後世に残そうとして、そのために処刑地である本件刑場跡地を遺跡として保存することを求める政府への陳情を行った。右陳情に基づき、法務大臣賀屋興宣と大蔵大臣田中角栄の発議によって、昭和三九年七月三日、本件刑場跡地を戦争裁判の遺跡として保存する措置を講ずる旨の閣議了解が行われた。

昭和四一年一月二四日、東京拘置所跡地の再開発計画が決まり、同跡地について都市計画決定がされ、その際、本件公園の設置計画も決定された。

昭和五四年一一月六日、株式会社新都市開発センターから豊島区に対して、本件公園所在地に本件記念碑を含めた公園施設を造成し、寄付する旨の申し出があった。豊島区は、これを踏まえ、同月八日都市公園事業の施行に関する東京都知事の認可を受けた。さらに、同月二九日、大蔵大臣に国有財産である本件公園の敷地の無償貸付を申請し、昭和五五年一月一四日、国との間で右敷地の使用貸借契約を締結し(以下、「本件使用貸借契約」といい、同契約に基づく豊島区の権利を「本件使用借権」という。)、同月一六日同社と本件記念碑を含めた公園施設の寄付を受けることを内容とする協定を締結した。

本件公園は右協定に基づき同社により建設され、豊島区は、同年六月二一日頃竣工した公園施設の引渡しを受け、本件記念碑を設置した。

この間、本件公園は豊島区の公の施設として条例化され、昭和五五年六月二一日供用が開始された。

2  本件記念碑及び本件施設の設置、維持管理の目的及び効果

本件記念碑及び本件施設は、A級戦犯が戦争犯罪人として処刑された事実をもって、「戦争による悲劇」すなわち、「敗戦のため、戦勝国の不当な裁判によっていわれなき罪を着せられ、処刑されたという悲劇」ととらえ、このことを記念し、「不当な裁判による処刑」の事実を後々の思い出のために残し(記念)、世に明らかにする(顕彰)ために設置、維持管理されているものであって、戦争犯罪人を美化し、戦争犠牲者又は殉難者として後世の国民に印象づけ、国民を鼓舞して日本を再び侵略戦争にかりたてようとする目的と効果を持つものである。

戦犯を悲劇の犠牲者とみる右評価、思想は、一五年戦争を正義の戦争と考え、戦犯には戦争責任はなく、戦犯の死は国ないし天皇(国体)に殉じたものであるとする一連の思想と結びついている。

右目的、効果は以下の事実から明らかである。

(一) A級戦犯の死没地に記念碑を設置したこと

少なくとも日本では、一般に、ある者の死没地に死没地であることを示して建てられた記念碑は、ことさらに死者を非難する碑文でも記さない限り死者の肯定的評価を示し、更には死者を慰霊し顕彰する効果を持つ。

本件記念碑は、A級戦犯の死没地に設置されたものであり、そして、碑文には、A級戦犯が一五年戦争の指導者として非難、糾弾されるべき対象であるとの評価を示していないから、A級戦犯を慰霊し顕彰する効果をもつものである。

(二) 碑文の内容

記念碑は、その設置場所に地縁的に関連する事跡について、何らかの思想、主張を具現するものである。碑文は、右思想、主張を単純、明確に伝えるべきものであり、誰が読んでも一義的に伝承されるような表現がされる必要がある。

本件記念碑の「永久平和を願って」とある表面の碑文は、地縁的に関連する事跡を示すものではないので、記念碑に本質的な文章ではない。右は記念する動機であり、地縁ある事跡を残すことが平和の願いに通じると評価したことを示す思想表現にとどまる。問題は右事跡の何を、どう伝えることが平和に通じると評価したのかの思想表現である。

そこで、裏面の碑文をみると、刑の執行という歴史的事実の記載にとどまらず、続けて「戦争による悲劇を再びくりかえさないため、この地を前述の遺跡として、この碑を建立する」と宣言している。これを単純、明確に読めば、「戦争による悲劇」とは、戦争によるさまざまな被害のうち本件刑場跡地にゆかりがあるのはA級戦犯の処刑という事実のみであること及び戦争自体が悲劇であるのに「戦争による」悲劇と具体化し、強調していることからすれば、右事実を指すものと解するのが自然である。したがって、右碑文には、A級戦犯の処刑という事実を悲劇としてとらえ、この種の悲劇を再び繰り返さないことを決意し、これを後世に伝えることが本件記念碑を設置した思想、主張として表現されていることになる。

なお、記念碑は事実を後世に伝えるものであるが、当該事実を選んだ思想が前提にあるから、当該事実のみを伝えるものではない。

(三) 施設設置の意図及び経緯

前記処刑を戦争の悲劇とする思想は碑文から直ちに認められるが、右事実を悲劇とみる根拠及び悲劇から何を学び伝えようとしているのかについては、碑文の簡略性、抽象性からくる制約のため必ずしも明確ではない。しかし、本件記念碑及び本件施設の設置意図及び経緯、さらに本件刑場跡地が歴史的にどう扱われてきたかという事実によって碑文が補われ、右各施設に表現されている思想が明確化される。

本件記念碑等の設置による旧刑場跡地の保存が、A級戦犯賀屋興宣が会長である日本遺族会外七団体の陳情に基づく法務大臣賀屋興宣らの発議による閣議了解に端を発したことは、前記のとおりである。

右団体が、右閣議了解に基づき、東京都に対し、本件刑場跡地に小祠を建立して全刑死者の氏名を記入した銅板を納めることを要望していることからすれば、A級戦犯を神として奉る意図を有していたことは明らかである。右団体の運動に端を発した遺跡保存要求団体の豊島区に対する要求においても、「受刑者の慰霊をふまえ」「戦争犠牲者を挙げて殉国の士として慰霊し」等、遺跡保存運動の目的が明確に表現されていた。

これらの運動の中で、豊島区が旧刑場の遺跡保存を決定し、本件記念碑及び本件施設を設置したものである以上、右各施設設置の意図ないし目的は、右運動の意図ないし目的と結びついたものというべきである。

したがって、処刑された戦犯を犠牲者とし、殉難の士と見る思想が処刑を戦争の悲劇とする碑文として表現されたものと解することができる。

(四) 本件刑場跡地の歴史的取り扱い

本件刑場跡地は、前記1(二)(1)のとおり、墓地と同様に扱われ、聖域とされてきた。

(五) 右翼団体等は、本件公園を聖地として参拝や献酒を行っている。

(六) 他の類似施設に表現された思想

愛知三ヶ根山山頂の殉国七士廟においては、A級戦犯が聖師、殉国の士とされ、一五年戦争を聖戦とし、前記裁判を不当とする考え方を深めることが、恒久平和の確立につながるとする思想が明確に表示されている。

右施設は、本件施設と処刑を「悲劇」とする点で同一の思想に立つものであり、ただ、その思想の詳細が表示されている点及び墓として明確に宗教施設であり、宗教行事である霊祭供養祭が行われている点において、住民の運動の成果により、宗教性を払拭し、戦争裁判を露骨に批判する文言のない施設となっている本件施設と異なっている。

本件刑場跡地と右施設は、前記裁判による処刑を不当とし、前述の思想を広めようとする勢力にとって、他に代えられない貴重な土地であり、遺跡であって、より聖地化しようとする危険な動きがある。

3  本件記念碑及び本件施設の設置、維持管理の違法性

(一) 憲法違反

憲法は、一五年戦争のもたらした惨禍に顧み、戦争遂行を反省し、再び過ちを繰り返さないとの決意から出発して永久平和主義をその根本原理として規定している。右反省、決意及び平和主義を最も端的に示しているのが、憲法前文の第一段であり、日本国民は、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意したと宣言されている。前文の右部分は、一五年戦争が天皇を元首とする政府によって引き起こされたものであるという憲法事実を明確に示すとともに、A級戦犯等の戦争指導者につき、国民を戦争に駆り立てた責任により非難、糾弾されるべき対象であるとの評価を示してその戦争遂行責任の所在を明らかにし、さらに、これらの者を免責することなく、その復活を許さないことが、平和主義の確立の第一歩であることを明確に示している。

したがって、このような憲法前文第一段の趣旨からすれば、一五年戦争を惹起した最高指導者であるA級戦犯を戦争犠牲者、殉難者として慰霊、顕彰することは、憲法の根本原理である平和主義に背反する。

憲法前文、九条、一三条及び九九条の規定からすれば、国民は、平和的生存権を基本的人権として保障されている。平和的生存権の社会権的発現形態として、公権力の積極的な発動による平和的生存権の確保拡充措置を求める権利が存在し、その一内容として、平和教育を行うことを求める権利が存在する。国家及び地方自治体は人々に平和を保障すべく、平和への好意、戦争への悪意を印象づけるような平和教育を行わなければならない。それが公権力に課された憲法遵守義務の中味である。

被告が本件刑場跡地を前記目的及び効果を持つ遺跡として保存することは、戦争犯罪人の行為を肯定的に評価し、戦争に対し好意的な印象を与えて戦争へと人々を駆り立てることになり、区民の平和教育を求める権利を侵害し、公権力たる豊島区長の憲法遵守義務に違反する。

(二) 都市公園法違反

(1) 本件施設が遺跡として設置されていること

都市公園法施行令の遺跡は、社会通念上の遺跡と同義であり、痕跡を要しないものと解すべきであるが、本件施設には、戦犯の刑場ないし刑場跡地の痕跡ないし復原物がある。

すなわち、本件施設においては、旧刑場施設の構造物について以下の重要な復原をしている。

ア 刑場の塀の位置を本件記念碑背後にある低い植込みの配置(植込みの後部の際の線)及び北東側入口両側の植栽の内側の縁石により復原している。

イ 刑場の二つの出入口のうち北東側の出入口は、位置をずらし、現在の北東側の出入口として復原してある。

ウ 刑場の南西側の出入口は、そのままの位置で、現在の南西側の出入口として復原してある(現在の出入口の向かって左側の端の線が旧出入口の中心線と一致している。)。

エ 刑場の建物の位置を石畳等により復原してある(東西の位置関係が完全に一致する。)。

オ A級戦犯の処刑台及びその両側に作られた五か所の遺体安置場所に占領解除後設置されていた五つの浄土真宗式の土盛及びその両側に植えられた六本の低い木は、前記植込み及びその手前の仕切りの縁石によって象徴化され復原されている。

右遺体安置場所の位置は、前記植込みの頂点で復原されている。

カ 本件記念碑とその裏の敷石は、その各右端を処刑後東条英機の遺体を安置した場所に合わせて設置してあり、これによって同安置場所が復原されている。原告らは、本件記念碑は東条英機の霊を拝ませようとするものだと主張してやまないものである。

右復原の事実に、〈1〉本件施設は、土盛によって周囲より高く築かれた地盤上にあり、密集して植えられた樹木により本件公園の他の部分から区画された静かな空間とされ、釈迦に因んで関西の墓地で非常に重く見られるぼだい樹を要所に植樹するなどして、厳粛な雰囲気としていること、〈2)前記刑場跡地の保存と発端と経過、〈3〉A級戦犯処刑及びその後の処刑台跡地の保存に係る前記歴史的事実と経過、〈4〉碑文に「この地を遺跡とし」とあること等からすれば、その形態、機能、目的等において、A級戦犯刑場ないし刑場跡地の社会通念上の語意における遺跡として設置、維持管理されていることは、明らかである。

(2) 本件記念碑及び本件施設は、都市公園法二条二項六号及び同法施行令四条五項により公園施設として都市公園内に設置することを許容されている教養施設に該当しないから、これを都市公園内に設置することは、同法に違反する。

同法施行令四条五項は、都市公園内に設置することができる公園施設としての遺跡等は歴史上又は学術上価値の高いものに限られることを明記している。記念碑については右のような明文の規定はないが、これは、記念碑には常に内在的に対象に対する評価が存するから、単に事実を伝える看板等とは異なり、見るものをして教養教化あらしめる価値があると認め、教養施設に含めたためである。

本件記念碑及び本件施設は、A級戦犯を戦争犠牲者にすりかえ、慰霊、顕彰するものであるから、前記の憲法事実及びA級戦犯は非難、糾弾されるべき対象であるとの憲法規範による評価を正反対にねじまげ、すりかえるものである。

したがって、本件記念碑及び本件施設は、遺跡等にかかる右要件を逸脱するうえ、教養を誤る反教養施設というべき施設であるから、そもそも教養施設たりえず、公園施設として都市公園内に設置することを許容されないものである。

(三) したがって、豊島区が本件記念碑及び本件施設を本件公園内に設置し、維持管理していることは、憲法及び都市公園法に違反する。

4  財産管理の違法

〔昭和五五年(行ウ)第一〇四号事件〕

(一) 本件使用借権の管理を怠る違法〔請求の趣旨第一項・主位的主張〕

(1) 本件使用借権の財産性等

本件使用借権は、地方自治法二三八条一項四号に規定する「その他これらに準ずる権利」として公有財産に該当し、同法二三七条一項により同法上の財産に該当する。

借受地上に、使用貸借契約を解除されないような施設を作ること、換言すれば、解除されるような施設を作らないことも、使用借権の財産管理に含まれる。

(2) 右財産管理の違法

本件使用貸借契約においては、本件公園敷地を公園施設以外の用途に供することを禁止する条項(四条二項)、豊島区が本件契約に定める義務に違反した場合、国は同契約の全部又は一部を解除することができるとする条項(一五条一項)が定められている。さらに、国有財産法二二条三項は貸付財産の公共団体による管理が良好でないときは、国に解除義務を課している。ここにいう「管理が良好でない」とは、指定用途外使用を含む趣旨である。

本件記念碑及び本件施設は前記のとおり公園施設に該当しないから、本件公園敷地を右各施設設置の用途に供していることは、右契約四条二項に違反して一五条一項の解除事由に該当し、本件使用借権の存続を危うくするものである。したがって、本件記念碑を撤去しないことは、本件使用借権の財産管理を違法に怠る事実に該当する。

なお、本件使用貸借契約は、本件記念碑の設置を区に義務づけてはいない。仮に本件記念碑の設置を義務づける条項が右契約中にあったとしても、右条項は、本件記念碑の設置が憲法に違反する以上、公序良俗に反し無効である。

(二) 公園等の管理を怠る違法〔請求の趣旨第一項・予備的主張〕

(1) 公園等の財産性等

公園は地方自治法にいう公の施設であるが、公の施設又はその構成物たる不動産とその従物等の集合体は、住民訴訟の対象となる財産に該当する。少なくともこれを構成する個々の財物は右財産に該当する。

そして、本件公園に対する住民の平等利用権の確保を目的とする管理行為は、本件公園等の財産管理行為に該当する。

公共用に供せられる行政財産の場合、〈1〉行政財産の管理は設置目的に適う状態にする面での管理が中心であること、〈2〉財産の管理を財務管理と行政管理に分けること自体が極めて困難であること、〈3〉行政用財産については、処分はほとんどあり得ないから、交換価値を重視することは無意味に等しく、よってその財産価値には使用価値を含むと考えるべきであり、使用価値は設置目的に従った利用の確保たる価値も含むと解すべきであることからすれば、怠る事実の違法の確認訴訟においては、行政財産を設置目的に適う状態にする行政管理も財産管理に含まれると解すべきである。

(2) 財産管理の違法

ア 公共用財産について住民は利用権を有する。このことは、地方自治法一〇条二項が自治体の役務の平等利用権を規定し、これを前提に同法二四四条以下が平等利用権を厚く保護する観点から、住民訴訟とは別に、利用に関する処分に対する不服申立の制度等の平等利用権保護の制度を設けていることからも明らかである。したがって、公共用財産は特定の社会集団や思想を優遇する形で管理運用されてはならず、特定の思想に基づく設置、運営等の管理により、特定の者にとってのみ利用価値があるような管理をすることは、違法である。

住民の平等利用を阻害しないように財産を管理することは、行政財産を設置目的に適う状態に管理することの一つである。

イ 本件記念碑は、石碑という物的施設の存在によって必然的に本件公園に対する住民の利用を限定する。戦死した軍人を英霊として顕彰する運動を展開すること等を方針とする団体等にとっては、その思想の宣伝の場、慰霊等を行う場として意義があるかもしれないが、一般住民にとっては、憲法に反する事実、思想を押しつけられるものであるがゆえに到底利用し得ず、近づくのも嫌悪される施設である。

したがって、被告豊島区長が本件記念碑を撤去しないことは、本件公園に対する住民の平等利用権を侵害し、公共目的を阻害する状態を作り出しているものであるから公園の管理を違法に怠るものである。

(三) 住民訴訟の対象について〔請求の趣旨第一項〕

財務事項、非財務事項の区別はあいまいであり、少なくとも財産の管理を怠る違法の確認の訴訟においては、この区別はほとんど機能しない。住民訴訟の制度趣旨が財務行為の違法判断は司法審査になじみやすいという点にもあることに鑑みれば、違法にわたらない行政権の裁量の範囲内の管理のみが行政管理として住民訴訟の対象外となるにすぎないと考えるべきである。公金の支出については、判例上公金の支出のゆえをもって財務事項性は問題とされていないのであり、これとの権衡上、財産の管理を怠る事実について行政管理と財務管理の区別を厳格に論ずべきではない。公金支出という財務事項性の明白な行為ですら、前提行為の裁量性、違法性との関係が問題となるほどにことは不明確であるのに、財産の管理について、さらに財務、非財務を区別しては、住民訴訟の対象となる場合はほとんどなくなってしまう。これでは住民訴訟の制度を設けた趣旨は生かされない。

(四) 本件公園の維持管理費の支出の違法〔請求の趣旨第二項・主位的請求〕

(1) 本件公園の維持管理費は、本件記念碑に係る維持管理費と不可分一体であり、本件記念碑には、本件公園全体の維持管理とその費用の出捐が不可分一体のものとして及んでいるとみるべきである。

仮に公園の維持管理費が各施設ごとに想定されるべきものとしても、園内清掃、ゴミ収集、樹木剪定、水道・電気料金、公園の利用指導委託の各費用は、各施設に不可分一体に及んでいると解すべきである。

不可分一体であるゆえんは、予算の性質並びに公園及び施設の特質から施設ごとに費用を積算することが不能なことにある。

ア 予算の性質に基づく不可分一体性

豊島区においては、公園予算は、予算科目上、土木費(款)中の公園費(項)であり、公園総務費、公園・児童遊園管理費、公衆便所管理費、公園・児童遊園改良費の四つの目から構成されている。

公園の維持管理費に相当するのは、四つの目のうち公園総務費と公園・児童遊園管理費であり、その内訳の節において維持管理費に関係するものは、需要費、役務費、給料、委託料、使用料及び賃借料、工事請負費等となっている。このことは、公園の各種施設に対応した予算科目が存しないことを示している。したがって、このような予算の性質上、施設ごとに費用を計算することは不当かつ不能であり、公園の維持管理費は、どの施設にも均等に費用がかかるものとして、公園全体に不可分に支出されているものとみるべきである。

イ 公園施設の特質に基づく不可分一体性

公園の施設概念は、都市公園法二条二項の各号に掲げる修景施設、教養施設等の大概念の下に、例えば修景施設では、池、飛石等の概念があり、さらに飛石や敷石を構成する一つ一つの石が施設であるというように、重層構造をなしている。したがって、最も小さい単位で施設にかかる費用をみれば、植木一本、石一つごとに費用がかかるか否かを考えねばならなくなる。その場合、石一つゆえ清掃費も光熱水費も及ばないということはできないことになる。

ごみ収集費用はごみ箱という管理施設にかかる費用ではないはずであり、ごみがたまたま現に存在した施設にかかる費用でもないはずである。また、散水栓操作によって生じる水道代、操作代とて、散水栓という管理施設の中の水道に類似する施設にかかる費用であるとともに、散水される施設にかかる費用でもあるはずである。

したがって、公園の維持管理費を施設ごとに区分して費用の要否及びその額を積算して求めようとすれば、費用の支出が施設ごとに重なりあう等、客観的な算定はおよそ困難であり、右考え方に基づく公園の維持管理費の積算方法は不当かつ不能である。

(2) 本件公園の維持管理費用

本件公園の昭和五五年六月二一日から昭和五六年三月三一日までの維持管理費は、八五四万一三二五円(水道料金五三万四二九一円、電気料金一八二万七〇九八円、園内清掃の職員給与費四三二万九六四〇円、散水栓操作の職員給与費一六万七九四〇円、池の清掃委託費五一万二三七二円、ゴミ収集委託費六六万四三八四円、公園指導員委託費五〇万五六〇〇円)である。

(3) 右費用支出の違法性

本件記念碑の設置及び維持管理には、前記のとおり、憲法の基本原理等に関わる重大な違法があるところ、そのような施設に対する維持管理費の支出は、違法性の承継を遮断する行為が存しない以上、当然に違法となると解すべきである。

したがって、本件記念碑を撤去しない限り、前記不可分一体性からして、本件公園の維持管理費全体の支出が違法となる。

(五) 本件施設の維持管理費の支出の違法〔請求の趣旨第二項・予備的請求〕

(1) 本件施設の維持管理費

公園の維持管理費を施設ごとに区分して費用の要否及びその額を積算して求めようとする考え方は、前記のとおり相当でないが、強いて施設ごとに維持管理費を求めようとするならば、前記公園の維持管理費の予算上の性質及び公園施設の特質からして、一部の施設にのみかかる固有の経費(本件公園では池の管理に要する清掃費用及び電気料金、管理棟及びトイレの電気料金がこれに該当する。)を除いた園内清掃費、ごみ収集費、樹木剪定費、散水栓操作費、水道料金、電気料金、公園指導員給料等の経費は、すべての公園施設に共通するものであるから、すべての公園施設に均等に右経費がかかることを前提に、公園全体の右経費を各施設の面積割合で按分して求めるのが相当である。

したがって、右共通する維持管理費用の本件施設の面積割合による按分金額をもって、本件施設の維持管理費とすべきである。

(2) 右費用支出の違法性

本件施設の設置及び維持管理には、前記のとおり、憲法の基本原理等に関わる重大な違法があるところ、そのような施設に対する維持管理費の支出は、違法性の承継を遮断する行為が存しない以上、当然に違法となると解すべきである。

〔昭和五八年(行ウ)第七四号事件〕

(六) 昭和五五年度及び五六年度中の本件施設の維持管理費支出の違法

(1) 維持管理費の支出

被告日比寛道は、本件公園の維持管理費支出の執行責任者である豊島区長として、昭和五五年六月二一日の同公園の供用開始から昭和五六年三月三一日までに、収入役をして本件公園の維持管理費八五四万一三二五円を支出させた。

本件公園の面積は約六〇〇〇平方メートルであり、本件刑場跡地の面積は六九二平方メートルである。また、右支出額のうち、本件公園の一部の施設にのみかかる固有の経費である池、滝への電気、清掃代、管理棟、トイレの電気代の合計は一八四万二八五〇円である。

したがって、前記(五)(1)の面積割合による按分の方法により、右期間の本件公園の維持管理費中本件施設の維持管理費に相当する部分を算出すると、少なくとも七七万二五五〇円となる。

また、同被告は、同様にして、昭和五六年四月一日から昭和五七年三月三一日までの期間中も本件公園の維持管理費を支出させたが、そのうち本件施設の維持管理費に相当する部分は、右九か月間の支出額から一か月あたりの支出額を求め、これを一二倍して求められる一〇三万円が少なくともこれにあたるものと推認することができる。

(2) 右費用支出の違法性

前記(五)(2)と同じ

(3) 損害

豊島区は同被告の右行為により一八〇万円二五五〇円の損害を被った。

〔昭和五九年(行ウ)第六三号事件〕

(七) 昭和五七年度中の本件施設の維持管理費支出の違法

(1) 維持管理費の支出

被告日比寛道は、本件公園の維持管理費支出の執行責任者である豊島区長として、昭和五七年四月一日から昭和五八年三月三一日までの間、収入役として本件公園の維持管理費を支出させた。

前記(六)(1)の昭和五六年四月一日から昭和五七年三月三一日までの期間における本件施設の維持管理費の支出額と同様の算出根拠により、右維持管理費のうち少なくとも一〇三万円が本件施設の維持管理費に相当する部分であると推認できる。

(2) 右費用支出の違法性

前記(五)(2)と同じ

(3) 損害

豊島区は同被告の右行為により一〇三万円の損害を被った。

5  回復不能な損害〔昭和五五年(行ウ)第一〇四号事件請求の趣旨第二項〕

(一) 本件使用借権喪失のおそれ

本件記念碑を撤去しないと、前記のとおり本件使用借権を契約解除により失うおそれが存するから、本件記念碑を存置したままで本件公園を管理し、維持管理費を支出することにより、本件使用借権について回復困難な損害を生ずるおそれがあるということができる。

なお、違法な施設の維持管理が解除事由となるほか、費用支出は維持管理と一体であるから、その費用の支出自体も解除事由となると考える。

(二) 維持管理費の金額

本件公園の維持管理費は、前記のとおり多額であり、今後これが毎年継続して支出され、支出額が累積していくのであるから、その損害額を右支出を行った職員等から賠償を求めることにより回復することが困難であることは明らかである。よって、本件公園の維持管理費の支出により回復困難な損害を生ずるおそれがある。

6  監査請求前置

〔昭和五八年(行ウ)第七四号事件〕

(一)原告山家和子は、昭和五五年五月二一日、その余の原告らは、同年七月九日又は同月一四日に本件記念碑等の戦争裁判の遺跡の保存に係る施設の設置及びこれに対する維持管理費の支出は右施設が戦犯を戦争犠牲者にすりかえ、美化しようとする意図をもつものであるから違法であるとして、右施設の刑場の遺跡の建設の取り止めを求める監査請求を行った。

豊島区監査委員は、右各措置請求には理由がないとの監査結果を出し、原告山家和子に対し同年七月一八日、その余の原告に対し同年八月八日通知した。

監査請求に係る行為又は事実から派生し、又は後続することが当然に予想されるすべての行為又は事実については、当該監査請求に係る行為又は事実と同一性を有するものとして、当該監査請求に基づき、住民訴訟を提起することができるものと解すべきである。

本件施設に対し維持管理費を支出する行為は、右監査請求に係る本件記念碑等の建設行為から派生し、連続することが当然に予想される行為ということができる。争点も、本件記念碑等の設置が違憲、違法であるか否かであり、共通している。

したがって、右両行為は、同一性を有するから、本件損害賠償請求は監査請求前置の要件を満たしている。

〔昭和五九年(行ウ)第六三号事件〕

(二)(1) 原告らは、昭和五九年三月三〇日、被告日比寛道が本件施設に一〇三万円の維持管理費を違法に支出し、同金額相当の損害を豊島区に与えたとして、同被告に対する措置を求める監査請求を行った。

豊島区監査委員は、右各措置請求に対し、昭和五九年四月二七日付けで、前回の監査結果(昭和五五年七月一八日、東京都豊島区監査委員告示第九号)のとおりであるから、監査不要であるとして却下し、原告らに昭和五九年四月二九日その旨の通知をした。

右却下の通知は、「受理し、監査したところ、前回の監査結果と同一と判断し、棄却する」との趣旨と解釈し、監査前置の要件を満たしているものと扱うべきであって、却下との用語にとらわれるべきでない。

(2) 公園施設の維持管理のように、行為が一回的に独立して完結する性質のものでなく、日々不可分に連続している特質をもつ行為は、その連続した行為が一体として一つの行為と評価されるべきである。したがって、右維持管理行為の費用も、維持管理が続く限り継続して支出されているのであり、維持管理を止めた時に支出行為も終了することになる。

豊島区は、本件施設に対する維持管理を現在も継続し、その費用の支出も継続している。したがって、本件施設に対する維持管理費の支出はいまだ終了していないと解すべきであるから、右監査請求は法定の期間内に提起されたことは明らかである。

7  出訴期間

〔昭和五八年(行ウ)第七四号事件〕

被告日比寛道に対する本件損害賠償の訴えは、被告豊島区長に対する支出差止めの訴えに追加的に併合されたものゆえ、行政事件訴訟法一五条、二〇条の類推適用により、右支出差止めの訴えの提起があった昭和五五年八月一五日に訴えの提起があったものとみなすべきである。

あるいは、監査請求の対象となった行為又は事実から派生し、又は後続することが当然に予想される行為又は事実については、そもそも監査請求を要せず、それゆえ、前提行為に対する訴えの提起の時に後続行為の訴え提起があったとの擬制を要しないため、そもそも出訴期間徒過の問題は生じないと解すべきであり、したがって、本件訴えについても、出訴期間徒過の問題は生じないと解すべきである。

8  結語

〔昭和五五年(行ウ)第一〇四号事件〕

(一) よって、原告らは被告豊島区長に対し、地方自治法二四二条の二第一項三号に基づき、請求の趣旨第一項記載の怠る事実の違法の確認を請求し、同法二四二条の二第一項一号に基づき、請求の趣旨第二項記載の違法な維持管理費の支出の差止めを請求する。

〔昭和五八年(行ウ)第七四号事件〕

(二)よって、原告らは地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、豊島区に代位して被告日比寛道に対し、違法な前記維持管理費の支出により同区が被った前記損害に対する賠償金一八〇万二五五〇円及び内金七七万二五五〇円に対する昭和五六年四月一日から、内金一〇三万円に対する昭和五七年四月一日から各支払ずみまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金を豊島区に支払うよう求める。

〔昭和五九年(行ウ)第六三号事件〕

(三) よって、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、豊島区に代位して被告日比寛道に対し、違法な前記維持管理費の支出により同区が被った前記損害に対する賠償金一〇三万円及びこれに対する昭和五八年四月一日から支払ずみまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金を豊島区に支払うよう求める。

二  本案前の主張

〔昭和五五年(行ウ)第一〇四号事件〕

1(一)  請求の趣旨第一項について

本件公園の維持管理は、被告豊島区長が都市公園法に基づき、公園管理者として、本件公園を設置した目的を達成するために行うものであって、本件公園の財産的価値の維持保全又は実現増殖を直接の目的とする行為でないことは明らかである。

原告らは、本件公園の管理は、財産としての使用借権の管理であるから財務管理行為性を有すると主張するが、公園の管理が同時に使用借権の管理にあたる場合があるとしても、それは間接的なものであり、直接的に使用借権の管理を行うものではないから、それを以て財務管理行為であるとすることはできない。

(二)  同主位的主張について(本件使用借権の財産性等)

請求原因4(一)(1)の主張を争う。

地方自治法二三八条一項四号所定の「その他これらに準ずる権利」とは法律上確立している用益物件又は用益物件的性格を有する権利に限定されると解すべきである。したがって、使用借権はこれに該当しない。

なお、国有財産について地方自治法二三八条とほぼ同様の規定のしかたをしている国有財産法二条一項四号についても、使用借権は「その他これらに準ずる権利」に該当しないとの解釈がされている。

また、都市公園法二二条の規定により、本件公園を構成する土地物件について私権の行使が一般的に禁止されているのであるから、豊島区が本件使用借権の権利行使ができないとともに、国も所有権の権利行使を制限され、本件使用貸借契約を解除することができない。よって、右使用借権の財産管理の必要性及び重要性はほとんど認められないから、このような使用借権まで右「準ずる権利」に含まれる解釈は失当である。

したがって、本件使用借権の管理をとらえて財務会計上の行為とすることはできない。

(三)  同予備的主張について(公園等の財産性等)

請求原因4(二)(1)の主張を争う。

地方自治法二四二条一項にいう財産とは、地方自治法二三七条一項所定のとおり、公有財産(地方自治法二三八条)、物品及び債権ならびに基金をいう。

公の施設の概念は、住民の福祉を増進する目的で住民による施設の利用関係に着目して、もっぱら行政的管理の見地から設けられた概念であるから、財産で構成されていたとしても、住民訴訟の対象となる右財産には該当しない。また、公有財産とは個々の財産をいうものであって、財産の集合体はこれに該当しない。

さらに、原告らの主張する平等利用権の確保は公園管理行政上の問題であって、財産的管理上の問題ではない。

(四)  請求原因4(三)の主張を争う。

(五)  よって、請求の趣旨第一項の訴えは、財務会計上の行為又は事実を対象とするものではないので、住民訴訟として不適法である。

2  請求の趣旨第二項について

(一) 主位的請求について

(1) 本件記念碑の撤去は公園管理上の行為であって財務会計上の行為ではないのであるから、これを条件として本件公園の維持管理費の支出の差止めを求めることは、行政庁である被告豊島区長に財務会計上の行為でない行為について作為義務を課すのと同義である。

(2) また、本件公園の維持管理費は、財産管理のために支出するものではなく、財務会計上の行為ではない公園管理のために支出するものであるから、その支出の差止めを求めることは公園管理の差止めを求めることと同義である。公園管理は、財務会計上の行為ではないから、右訴えは財務会計上の行為以外の行為の差止めを求めるものである。

(3) よって、主位的請求に係る訴えは不適法である。

(二) 予備的請求について

本件施設の維持管理費は、財産管理のために支出するものではなく、財務会計上の行為ではない公園管理のために支出するものであり、その支出の差止めを求めることは、公園管理の差止めを求めることと同義であるから、右訴えは財務会計上の行為以外の行為の差止めを求めるものとして不適法というべきである。

よって、予備的請求に係る訴えも不適法である。

(三) 各請求について

請求原因5の主張を争う。

本件公園ないし本件施設の維持管理費の支出によって、豊島区に回復の困難な損害を生ずるおそれはない。

本件使用貸借契約の内容として、豊島区は本件刑場跡地に同土地で戦争裁判による刑の執行が行われた旨の石碑を設置することを義務づけられていたのであり、その履行として本件記念碑を設置したのであるから、本件記念碑の設置及び維持管理が同契約に違反する余地はなく、豊島区が契約違反により本件使用借権を失う可能性はない。

また、原告らが差止めを求める行為は、本件公園の維持管理費の支出行為であるところ、仮に原告らの主張するとおり本件使用借権喪失のおそれが存するとしても、それは本件記念碑の存置に基づくのであって、右支出行為の有無に関わるものではない。回復困難な損害を生ずるおそれの有無は、差止めの対象である右支出行為それ自体について判断されるべきであるところ、右使用借権の喪失は右支出行為とは直接的な関係がないから、これを以て回復困難な損害とすることはできない。

〔昭和五八年(行ウ)第七四号事件〕

1  対象行為の財務会計行為性

都市公園の管理という一般行政上の目的達成のため行われる行為の結果として、財務会計上の行為の介在なくして当然に発生するところの公金支出の違法又はその違法を理由とする損害賠償を住民訴訟の対象とすることは、結局、都市公園管理行為自体の違法を住民訴訟の対象とすることに帰着するものであって、住民訴訟制度の目的を明らかに逸脱することとなる。

右訴えは、本件公園の管理が違法であることを基本的な主張とし、被告日比寛道に対し損害賠償を請求するものであり、形式的には財務会計上の行為を対象とする体裁を整えているものの、実質的には住民訴訟の対象とならない一般行政上の行為を対象とするものである。

2  監査請求前置

右訴えは、監査請求の前置を経ていない。

原告らが請求原因6(一)の監査請求を行った事実は認めるが、右監査請求は被告日比寛道が行った措置を対象とするものではなく、右訴えによる請求との間に同一性はない。

3  出訴期間

請求原因7の主張を争う。

昭和五五年七月一八日又は八月八日に監査結果が通知されているところ、原告らは右通知から三〇日以上経過した昭和五八年四月五日付けの追加的併合の申立と題する書面をもって右訴えを提起している。よって、右訴えは、地方自治法二四二条の二第二項一号所定の出訴期間を徒過して提起されたものである。

4  賠償命令手続前置

右訴えは地方自治法二四三条の二所定の手続を履践していない。

5  よって、右訴えは不適法である。

〔昭和五九年(行ウ)第六三号事件〕

1  監査請求前置

請求原因6(二)の事実を認めるが、同事実のとおり原告らの監査請求は却下されている。

また、原告らの監査請求の対象とされた支出行為は、昭和五七年四月一日から昭和五八年三月三一日までのものとされているところ、昭和五九年三月三〇日に監査請求を提起したというのであるから、昭和五八年三月三一日分の支出行為以外については、地方自治法二四二条二項所定の期間を徒過している。同日付けの支出行為の存否については不明である。

したがって、右訴えは適法な監査請求を前置していない。

2  対象行為の財務会計行為性

都市公園の管理という一般行政上の目的達成のため行われる行為の結果として、財務会計上の行為の介在なくして当然に発生するところの公金支出の違法又はその違法を理由とする損害賠償を住民訴訟の対象とすることは、結局、都市公園管理行為自体の違法を住民訴訟の対象とすることに帰着するものであって、住民訴訟制度の目的を明らかに逸脱することとなる。

右訴えは、本件公園の管理が違法であることを基本的な主張とし、被告日比寛道に対し、損害賠償を請求するものであり、形式的には、財務会計上の行為を対象とする体裁を整えているものの、実質的には住民訴訟の対象とならない一般行政上の行為を対象とするものである。

3  賠償命令手続前置

右訴えは地方自治法二四三条の二所定の手続を履践していない。

4  よって、右訴えは不適法である。

三  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1について

(一) (一)の事実を認める。

(二)(1) (二)(1)の事実のうち、アの事実を認め、その余の事実は不知。

(2) (二)(2)の事実のうち、財団法人日本遺族会外七団体が陳情を行った目的は不知、その余の事実を認める。

2  同2について

(一) 冒頭の事実を否認する。

(二) (一)のうち、本件記念碑の設置場所がA級戦犯の死没地であることを認めるが、その余の事実を否認し、主張を争う。

(三) (二)の碑文の解釈に係る主張を争う。

(四) (三)のうち、本件記念碑設置の端緒については認めるが、本件記念碑等を設置した目的等が、遺跡保存運動の目的等と結びついたものであることは否認し、碑文の解釈に係る主張を争う。

(五) (四)、(五)の事実は不知。

(六) (六)のうち、殉国七士廟に関する事実は不知。

3  同3について

(一) 憲法違反

(一)のうち、本件記念碑等の設置、維持管理が憲法に違反するとの主張を争う。

なお、平和的生存権は、憲法前文等に基づいて抽象的にはその存在が認められるとしても、それは平和をもって政治における崇高な指導理念ないしは目的であるとしたにとどまり、具体的、個別的に定立された裁判規範としては認められない。

したがって、その侵害を理由として本件記念碑の設置、維持管理を違法とする原告らの主張は失当である。

(二) 都市公園法違反

(1) (二)(1)のうち、本件施設が都市公園法上の遺跡として設置されていること及び本件施設中に刑場跡地等の復原物が存在することを否認し、同法上の遺跡の概念の解釈を争う。

遺跡とは、元来、考古学上の概念であり、古墳や城跡等のように過去の人類が残した痕跡のうち土地に固定していて位置を動かすことができないものをいい、遺跡というためには、何らかの痕跡が必要である。都市公園法上の遺跡の意味は、同法施行令四条五項の解釈によって定まるものであって、同条項の例示からすれば、同法上の遺跡の意味は右概念と同一であると解すべきであるところ、本件施設には過去の戦犯刑場跡地であることを示す痕跡は全く存在しないのであるから、本件施設は同法上の遺跡ではない。

〈1〉については、本件刑場跡地が公園の他の部分に比べて高くなっているというのは、地形的な原因及び樹木の根を保護する必要によるものであり、樹木、植込み等も何ら作為的なものではなく、「水と緑とつどいの広場」のテーマのもとに公園全体のバランスを考えて設置されたものであり、縁石も植込みの根を保護するためのものにすぎない。本件記念碑前の広場は、右テーマと調和するように設けられたもので、より開放的なものとするため、本件公園中央の広場への通路は、二方向に幅の広いスロープとしたうえ、一方はラクウショウの並木及びサンシャインの入口の線に合わせ、舗装の材質には右中央広場及びその周辺のテラス広場と同様のものを用いている。本件記念碑の位置も造園上のバランスから現在の位置に定められたにすぎない。本件記念碑周辺の樹木、植込み等は修景施設として公園全体のバランスを考えて設置されたものであり、刑場跡地等の復原物として設置されたものではない。

〈2〉については、本件刑場跡地を戦争裁判の遺跡として保存するとの前記閣議了解は、東京拘置所跡地に都市公園が設けられることが計画される以前のことであって、右遺跡は社会通念上の意味で使われているにすぎない。また、その後の三省合意案及び区議会の審議等における論議の対象は、右社会通念上の遺跡を念頭において行われたものであるから、これらに遺跡という表現があったとしても、本件施設が都市公園法上の遺跡に該当することまで意味するものではない。

〈4〉の碑文中の遺跡の文言も、閣議了解の趣旨を尊重し、社会通念上の意味で用いられたにすぎず、都市公園法上の遺跡を意味するものではない。

(2) (二)(2)の主張を争う。

本件施設は都市公園法上の遺跡ではなく、修景施設である。本件記念碑は都市公園法二条二項六号に基づく同法施行令四条五項所定の教養施設としての記念碑であって遺跡ではないから、同法上、学術上の価値が高いかどうかが問題となる余地はない。

また、本件記念碑は永久平和を願う立場から第二次世界大戦後、極東国際軍事裁判所等が科した刑がこの地において執行されたという歴史上の事実を後世に伝えるものであるから、教養施設性を有する。

(三) (三)の主張を争う。

(四) 本件記念碑の設置、維持管理が適法であることについて

本件記念碑は、以下の経緯で設置されたものである。

(1) 本件記念碑の設置は、財団法人日本遺族会外七団体の陳情に基づき、昭和三九年七月三日、東京拘置所内の西北隅にある戦犯刑場跡地を戦争裁判の遺跡として保存する旨の閣議了解がされたことに端を発する。

その際、政府は、右刑場跡地約二〇〇坪程度を戦争裁判の遺跡として保存しようとしたが、その保存方策、維持管理等については、後日検討することとされた。

(2) 豊島区は、東京都との間で行った本件公園に関する協議の中で、昭和五三年八月一一日、右刑場跡地の造成について検討したところ、都市公園法施行令四条五項に定める教養施設の範囲で検討を加えるとの合意を得た。

豊島区は、国に対し、本件閣議了解についての意見を尋ねたところ、関係各省から、戦犯刑場跡地は、国有財産法及び都市公園法に適合するとともに、宗教色のないものであること及び本件公園の施設として全体的に調和がとれていること等が必要であるとの意見が出された。

昭和五四年、刑場跡地の具体的な保存案として、大蔵省、法務省及び建設省の関係三省の合意によるいわゆる三省合意案が作成され、同年九月二九日、豊島区に提示された。

右案は、石碑を設置し、碑文を表が「戦争裁判の遺跡」、裏が「第二次世界大戦後極東国際軍事裁判所が課した刑及び他の連合国戦争犯罪法廷が課した一部の刑がこの地で執行された」という内容のものとするといったもので、石碑の形状を記載した図面が添付されていた。

(3) 国側が、本件閣議了解に基づいた石碑の建立を本件使用貸借契約締結の重要な要素であると主張したため、豊島区は、昭和五四年一〇月上旬、本件公園内に石碑を設置することを決定し、ただ、石碑の形状、碑文については、三省合意案にとらわれることなく、区議会の意見を尊重して、自主的に定めることとした。

(4) 石碑の形状、碑文については、区議会建設委員会等で盛んに議論され、その結果、被告区長は、昭和五四年一二月一三日、永久平和を願う立場から碑文に平和を祈念する表現を盛り込むことを決定した。

(5) 昭和五五年一月一一日、区議会において、昭和五四年六月以降同年一二月までに受理された本件記念碑に関する請願陳情はいずれも不採択とされた。

(6) 昭和五五年五月二三日、豊島区は、石碑の形状、位置及び碑文を本件記念碑のとおり決定し、この旨を区議会建設委員会に報告した。

以上のとおり、本件記念碑は、豊島区が本件公園敷地の無償貸付を受けるため、国側の意向により本件公園内に戦争裁判による刑の執行が行われた旨の石碑の建立を余儀なくされたという事情の下で、被告区長が、区議会の意見を尊重して、自主的に、再び戦争の惨禍が起こることのないよう永久平和を願う立場から、平和を祈念する表現と歴史的な事実のみを記載した現状の形状及び碑文を有する本件記念碑として決定したものである。

したがって、本件記念碑は、永久平和の願いを込めて設置されたものであり、碑文の内容も歴史的な事実を表示したにすぎず、戦争を是認したり、戦争犯罪人を美化したりする目的又は効果を有するものではないから、憲法の基本理念である平和主義に適うものであり、また、都市公園法の公園施設としても適法なものである。

4  同4について

(一) (一)(2)、(二)(2)の各主張を争う。

(二) (四)(1)の主張を争う。

本件記念碑に係る維持管理費が存在するとすれば、それは可分であって特定できるはずである。原告らの主張する予算の性質は、予算のたて方とある公園施設に係る経費を特定することとは全く関係ないことであるから、本件記念碑に係る維持管理費が本件公園全体に係る維持管理費と不可分一体であるとすべき根拠とはならない。また、原告らの主張する公園施設の特質は、そのために施設ごとの費用の算定が困難となることはあっても、右不可分一体性の根拠とはならない。

(三) (四)(2)の事実は認める。

(四) (四)(3)及び(五)ないし(七)各(2)の各主張を争う。

なお、仮に本件記念碑又は本件施設が都市公園法等に違反しているとしても、その結果本件公園の維持管理費の支出が当然に違法なものとなるわけではない。

右維持管理費は、電気供給契約、清掃委託契約等の契約に基づき支出されあるいは職員に対する給与として支給されるものである。都市公園法等に違反した公園管理が行われたとしても、そのことによる公園管理者の行政上の責任が生ずるにとどまり、公園管理のためにされた契約やこれを根拠に行われる維持管理費の支出までが違法となることはない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  昭和五五年(行ウ)第一〇四号事件請求の趣旨第一項について

住民訴訟の制度は、専ら地方公共団体の公金、財産等に関する財務会計上の違法行為又は怠る事実の是正を目的とするものであって、行政に対する一般的な監督の制度として、行政上の違法行為一般の是正を目的とするものではないから、住民訴訟の対象とされる「違法な行為又は怠る事実」(地方自治法二四二条の二第一項)とは、公有財産の財産的価値に着目してその価値を維持保全する財務管理についての違法な行為又は怠る事実をいうものと解すべきであり、公有財産のうち行政財産をその公用又は公共目的に沿って管理する行政管理に係る行為又はその管理の懈怠は、住民訴訟の対象となり得ないものというべきである。

原告らの請求の趣旨第一項の訴えは、本件記念碑を撤去しないことが、本件使用借権ないし本件公園について財産の管理を怠る事実に該当すると主張し、その違法確認を求めるものである。

しかし、本件使用借権ないし本件公園が住民訴訟の対象となる財産に該当するとしても、当事者間に争いのない請求原因1(一)の本件記念碑の形状、設置場所からすれば、本件記念碑が設置してあることによって本件使用借権ないし本件公園の財産的価値に影響が及ぶと考えることはできないから、結局、本件記念碑を撤去すべきかどうかは、右使用借権等の財産的価値の維持保全を直接の目的とする財務的管理上の問題ではなく、本件公園を設置した行政目的を達成、維持するための考慮に基づく本件公園の行政的管理上の問題であるといわざるを得ない。

原告は、本件記念碑を撤去しなければ、本件使用借権が使用目的違反の理由により国から契約解除され、消滅するおそれがあると主張するが、〈証拠〉によれば、本件使用貸借契約は、本件記念碑が公園施設に該当することを当然の前提としたうえで、本件刑場跡地を戦争裁判の遺跡として保存するため本件記念碑を設置することを重要な要素として締結されたことが認められ、また、本件記念碑の維持管理に原告らの主張するような違法が存しないことは後記のとおりであるから、本件記念碑の維持管理が右契約の解除事由に該当するとは考えられず、国有財産法二二条三項にいう「管理が良好でない」ときに該当するということもできない。

なお、原告らが予備的主張において主張する住民の平等利用の機会の確保の問題は、公園の行政的管理に係る問題であって財務的管理上の問題ではないことは明らかであり、これを財務的管理の問題と考えるべきであるとする原告らの主張は、独自の見解であって採用することはできない。

また、住民訴訟の対象は、前記のとおり、財務的管理についての違法な行為又は怠る事実に限られるのであるから、財産の管理については行政的管理と財務的管理の区別を厳格に論ずべきではないとする原告らの請求原因4(三)の主張は採用することができない。

したがって、右訴えは住民訴訟の対象とならない行為又は事実を対象とするものであり、不適法なものといわなければならない。

二  昭和五五年(行ウ)第一〇四号事件請求の趣旨第二項について

1  訴えの適法性について

(一)  被告豊島区長は、本案前の主張2(一)(1)において、請求の趣旨第二項の主位的請求に係る訴えについて、財務会計上の行為ではない行為の実行を条件とするものであり、不適法であると主張する。

確かに、地方自治法二四二条の二第一項一号所定の差止請求は、違法な財務会計上の行為について、これを放置すると回復困難な損害を生ずるおそれがある場合に限り認められるものであるから、条件付きの差止請求が許容される余地はないものと解すべきである。

しかし、原告らは、記念碑が存置されている限り、本件公園に対する維持管理費の支出が一体となって違法となると主張して、記念碑を撤去しない限り右支出の差止めを求めるとの訴えを提起しているのであるから、記念碑が現に存置されている現状においては、実質的には無条件で右支出の差止めを求めるものということができる。したがって、右請求は無条件の請求と解するのが相当である。

(二)  被告豊島区長は、本案前の主張2(一)(2)及び2(二)において、本件公園及び本件施設の維持管理費の支出の差止めを求めることは、公園管理の差止めを求めることと同義であり、財務会計上の行為以外の行為の差止めを求めるものであるから不適法であると主張する。

しかし、右各維持管理費の支出行為自体は、財務会計上の行為に該当するものであるから、これらの差止めを求める原告らの訴えは、差止めの対象について適法というべきであり、同被告の右主張は理由がない。

(三)  被告豊島区長は、本案前の主張2(三)において、原告らが差止めを求める行為につき、回復困難な損害を生ずるおそれがないと主張する。

原告らが回復困難な損害として主張するもののうち、本件記念碑の設置及び維持管理により、豊島区が本件使用借権を失う可能性がないことは、前記のとおりである。

しかし、〈証拠〉によれば、昭和五六年度に支出された本件公園の維持管理費が計算上一四七一万円余りとなること、右のうち、本件公園中の池に固有の費用である水中ライト及びポンプの電気料金並びに池の清掃委託費を除く部分を敷地面積の割合で本件公園中の各施設に按分すると、本件施設(敷地面積が約六六〇平方メートルであることは、当事者間に争いがない。)に支出された維持管理費は計算上一三〇万円余りとなることが認められ、本件公園及び本件施設が恒久的な施設であることからして、右各施設に対し、同程度の維持管理費の支出が将来にわたって半永久的に継続するものと予想することができるから、右各支出が違法とされる場合、右各支出による将来の豊島区の財産的負担を損害賠償等の事後的手段により回復することは困難であるということができる。

したがって、原告らの各請求は、地方自治法二四二条の二第一項所定の当該行為により回復の困難な損害を生ずるおそれがある場合に該当するものというべきであるから、同被告の右主張は失当である。

(四)  よって、右各請求に係る訴えは適法なものということができる。

2  本案についての判断

(一)  原告らは、本件記念碑及び本件施設は、A級戦犯に対する極東国際軍事法廷による裁判及び同裁判によって科された刑の執行の事実を不当なものとして記念し、戦犯を美化して戦争の犠牲者又は殉難者として後世の国民に印象づける目的ないし効果を有するものであるから、平和主義を根本原理とする憲法及び都市公園法に違反し、したがって、本件公園及び本件施設に対する維持管理費の支出が違法になると主張する。

そこで、まず、本件記念碑及び本件施設が右のような目的ないし効果を有するものであるかどうかを検討する。

(二)  本件記念碑及び本件施設の社会的客観的効果

(1) 本件記念碑及び本件施設の客観的形態並びに本件記念碑の碑文について

本件記念碑が高さ約一・六メートル、横幅約二・五メートル、厚さ約六〇センチメートルの能勢黒御影自然石でできたものであり、その表面に「永久平和を願って」と、また、その裏面に「第二次世界大戦後、東京市谷において極東国際軍事裁判所が課した刑及び他の連合国戦争犯罪法廷が課した一部の刑が、この地で執行された。戦争による悲劇を再びくりかえさないため、この地を前述の遺跡とし、この碑を建立する。昭和五五年六月」と碑文が記載されていることは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、本件施設は、本件記念碑、その周囲に敷設された敷石、植栽等の修景施設等によって構成されている施設であることが認められるが、〈証拠〉によれば、本件記念碑及び本件施設が、その客観的な形態及び記載された碑文によって、臨場した一般の人々に対し、A級戦犯の処刑を不当なものと印象づける効果或はA級戦犯を戦争の犠牲者と印象づける効果を有するものと認めることができない。すなわち、本件記念碑は、高さ僅か一・六メートル、幅二・五メートルの自然石であって、その表面には「永久平和を願って」と憲法の平和主義に基づく願いが記載され、その裏面には、前記のとおり、極東国際軍事裁判所等の科した刑がこの地で執行された事実及び戦争の悲劇を繰り返さないためこの碑を建立する旨が記載されているものであって、平和主義に基づく永久平和の願い及び戦争の悲劇を繰り返さない願いが記載されてはいても、そこには何ら処刑を不当としA級戦犯を戦争犠牲者とする記載は見当たらないのみならず、碑文の行間にも処刑を不当とするような趣旨を窺わせるものはなく、全体として、処刑を不当としA級戦犯を戦争犠牲者として印象づけるような効果を与えるものと認めることができないといわなければならい。

本件施設は、もとの東京拘置所(いわゆる巣鴨プリズン)があったところに所在し、しかも、極東国際軍事法廷によりA級戦犯七名に科せられた死刑が執行された同拘置所の処刑場があったその場所に設置されていること(請求原因1(二)(1)アの事実)は、当事者間に争いがなく、原告らは、死没地に死没地であることを示して設置された記念碑は、一般に死者に対する肯定的評価等を有することになると主張する(請求原因2(一))。しかし、本件記念碑は、刑の執行地に刑の執行地であることを示して設置されたものであって、原告らの主張と前提を異にするものであるのみならず、このような記念碑が社会一般の人々に対し、処刑に対する否定的評価ないし受刑者を慰霊、顕彰する評価を示す社会的客観的効果を有するものと認めるべき根拠はない。

原告らは、本件記念碑の碑文はA級戦犯の慰霊等原告らの主張する本件記念碑設置の思想を表現するものであり、碑文中の「戦争による悲劇」とはA級戦犯の処刑の事実を指すものであると主張する(請求原因2(二))。しかし、〈証拠〉によれば、本件碑文中、「戦争による悲劇」の語句以下の部分は、国側から提示された碑文の参考案にはなかったにもかかわらず、豊島区において、本件記念碑が戦犯を慰霊、顕彰する性格のものとなるのではないかと危惧する世論及び区議会の議論等を踏まえ、本件記念碑を設置する動機として永久平和を希求するという動機を付け加えることとし、右動機を明示する意図のもとに、表面に「永久平和を願って」という碑文を追加したものであることが認められるから、碑文作成者の意図は、むしろ右語句を、戦犯の処刑ではなく、第二次世界大戦及びこれに先行する戦争によって戦争当事国及びアジア諸国等の関係国民が被った幾百万にものぼる尊い人命の犠牲をはじめとする莫大な人的物的被害を意味するものとして使用したものというべきである。また、本件碑文の表現上からいっても、右戦争を念頭に置いて「戦争による悲劇」と言った場合、社会一般の人々は、右の戦争当事国及び関係諸国の国民が被った人命等の莫大な被害を連想するものと解されるうえ、本件記念碑の表面に前記のような永久平和を願う碑文が記載されていることもあって、「戦争による悲劇」の語句を右のような意味のあるものとして理解するのに十分であるということができる。

なお、原告らは、戦争によるさまざまな被害のうち本件刑場跡地にゆかりがあるのはA級戦犯の処刑という事実のみであるから、本件碑文の「戦争による悲劇」は、A級戦犯の処刑という事実であると主張するが、碑文中に表示されている言葉の一字一句についてまで、原告らの主張するように記念碑の設置場所とゆかりのあるものとして解すべき必然性はないというべきであるから、原告らの右主張は理由がない。また、永久平和の実現あるいは戦争による悲劇を繰り返さないことは、人類一般に共通する願いであり、一部の人々に固有の思想ということはできないから、原告ら主張の請求原因1(二)(1)エの事実(従前の五つ塚の周辺の整備工事が「恒久平和を希求するにふさわしいもの」と評価され、藤原銀次郎らにより、戦争による悲劇を再びくりかえさないための祈願として、いつでも参拝できるように史跡として保存したいとの陳情が行われた事実)の存在を以て、本件記念碑の碑文が原告の主張するような思想と結びつくものと認めるに足りないというべきである。したがって、前記語句の解釈に係る原告らの主張は採用することができない。

(2) 施設管理者による供用の態様について

原告らの主張する請求原因2(五)の事実(右翼団体等は、本件公園を聖地として、参拝や献酒を行っている事実)は、前記裁判及び処刑を不当なものと評価している一部の人々が本件施設を参拝や献酒の対象となる施設として、私的に利用しているというにとどまるものであって、本件施設を管理する豊島区が、このような形での使用を容認するなど、本件記念碑及び本件施設を、前記裁判及び処刑を不当なものとして記念し又は戦犯を戦争の犠牲者として国民に印象づけるような態様において、供用している事実を認めるに足る証拠はない。

(3) そして、本件記念碑及び本件施設に前記裁判及び処刑に対する肯定的評価又はA級戦犯に対する否定的評価が示されていないことは明らかであるから、結局、本件記念碑は、社会的客観的には、戦犯の処刑を含めた戦争裁判という歴史的事実を、肯定的評価あるいは否定的評価のいずれも示すことなく、ただ事実として記念する効果を有する記念碑であり、また、本件施設も右歴史的事実に対する一定の評価を示す効果を有しないものと認めるのが相当である。

なお、原告らは、記念碑は、記念すべき事実を選んだ思想が前提にあるものであるから、単に事実のみを後世に伝えるものではないと主張するが、証人重松一義の証言によれば、記念碑には歴史的な事実を事実として伝える性格のものもあることが認められるから、右主張は採用することができない。

(三)  本件施設の設置、維持管理の意図ないし目的

(1) 本件施設設置の経緯について

本件記念碑が、財団法人日本遺族会外七団体の陳情を受けて、昭和三九年七月三日本件刑場跡地を戦争裁判の遺跡として保存する旨の閣議了解が行われたことを端緒として設置されるに至ったことは、当事者間に争いがない。また、〈証拠〉によれば、本件刑場跡地を戦争裁判の遺跡として保存する運動をすすめていた右各団体等から東京都知事や豊島区議会あてに出された請願には、処刑された戦犯を戦争犠牲者としたり、殉国の士としてとらえる思想が表れており、本件刑場跡地の保存方法について、小祠を建立して全刑死者の氏名を記入した銅板を納めるといった、刑死者を慰霊ないし顕彰するような施設を設置する要望も出されていることが認められ、右運動が戦犯を慰霊ないし顕彰する趣旨ですすめられていた事実を推認することができる。

原告らは、本件刑場跡地の保存に係る右端緒、運動の経緯から、本件記念碑及び本件施設の設置の意図ないし目的は、右運動の意図ないし目的と結びつくものであると主張する(請求原因2(三))。

しかしながら、〈証拠〉によれば、前記閣議了解においては、本件刑場跡地を戦争裁判の遺跡として保存する措置を講ずることについてのみ了解がされたもので、その具体的保存方法については定められていないことが認められ、また、〈証拠〉によれば、本件使用貸借契約締結段階で、国側は、本件刑場跡地を戦争裁判の遺跡として保存することは必要であるが、その具体的方法については、豊島区の決定に委ねるという方針であったことが認められるから、右各段階においては、本件刑場跡地の保存が決定されているのみで、その保存の目的については何ら決定されていなかったものというべきである。そして、豊島区が本件刑場跡地に設置した施設は、小祠等の戦犯を慰霊顕彰する趣旨の施設を伴わない、前記のとおり、戦争裁判という歴史的事実を事実として記念する社会的客観的効果を有する施設であったことからすれば、結局、前記諸団体の請願、運動は、本件記念碑及び本件施設を設置することにより本件刑場跡地を保存するという限度において実現されたにとどまり、戦犯を慰霊ないし顕彰する趣旨の施設を設置するという意図ないし目的については実現されていないものといわざるを得ない。

したがって、原告らの右主張事実を以て、本件記念碑及び本件施設の設置の意図ないし目的が右運動の意図ないし目的を継承するものであると認めることはできない。

(2) 本件刑場跡地にかつて存在した施設との関係について

原告らは、本件刑場跡地が本件施設設置前、墓地と同様に扱われ、聖域とされてきたので、本件施設も同様の目的ないし効果を有する施設であると主張する(請求原因2(四))。

〈証拠〉によれば、請求原因1(二)(1)イ後段の事実(本件刑場跡地に墓標とみうる五つの塚が設置されて、塚の前の縁石には供花、線香用の台が置かれ、朝夕に人の礼拝が絶えなかったなどの事実)が認められ、原告ら主張のとおり、本件刑場跡地が、本件施設の設置以前の一時期において、同所において処刑された戦犯を慰霊ないし顕彰する施設として整備され、利用されていたことが窺われる。しかし、〈証拠〉によれば、右整備及び利用は、戦犯の処刑に対して否定的評価を有する人々や処刑された戦犯の遺族等関係者によって事実上行われていたものであり、右施設は、社会一般に公開されあるいは認知された施設ではなかったことが認められるのみならず、右施設と本件施設との間には、同一場所に設置されていること以外に、客観的形態上同一の性格を有する施設と認めるべき意味のある共通点が存することを認めるに足る証拠はない。

したがって、原告らの主張事実を以て、本件施設が原告ら主張の施設と同様、戦犯を慰霊ないし顕彰する目的ないし効果を有する施設であると認めることはできない。

なお、原告らは、本件記念碑背後の植込み及びその手前の縁石は、A級戦犯の遺体安置場所に設置されていた五つの浄土真宗式の土盛及びその両側に植えられた木を象徴化して復原したものであると主張する(請求原因3(二)(1)オ)が、右事実を認めるに足る証拠はない。

(3) 殉国七士廟との関係について

原告らは、本件施設が、A級戦犯の処刑を悲劇とする点において、愛知県の三ヶ根山山頂の殉国七士廟と同一の思想に立つ施設であると主張する(請求原因2(六))。

しかし、前記のとおり、本件記念碑の碑文中に戦犯の処刑を戦争による悲劇とする思想が表現されていると解することはできず、そのほか、本件記念碑及び本件施設が殉国七士廟と同一の思想に立つものであることを認めるに足る証拠はないから、右主張は採用することができない。

(4) 以上のとおり、原告ら主張の事実を以ては、本件記念碑及び本件施設が、原告ら主張の意図ないし目的のもとに設置され、維持管理されていると認めるに足りず、そのほか、本件記念碑及び本件施設が原告ら主張の意図ないし目的のもとに設置され、維持管理されていることを認めるに足る証拠はない。

そして、本件記念碑の前記社会的客観的効果からすれば、本件記念碑は、戦犯の処刑を含めた戦争裁判という歴史的事実を肯定的評価あるいは否定的評価のいずれも示すことなく、ただ事実として記念する目的のもとに設置され、維持管理されているものと認めることができる。

(四)  本件記念碑及び本件施設の主観的効果について

本件記念碑が、前記のとおり、肯定的評価又は否定的評価を示さずに、戦犯の処刑を含めた戦争裁判という歴史的事実を事実として記念していることからすれば、前記裁判及び処刑に対する否定的見解又はA級戦犯に対する肯定的見解を有する人々は、本件施設に至って本件記念碑に接することにより、右裁判及び刑の執行を想起し、これを不当とする思いを新たにすることになり、したがって、このような見解を有する人々にとって、本件記念碑は、右裁判及び刑の執行の不当性を記念する主観的な効果を有すると推認することができる。しかしながら、他方、右裁判及び刑の執行について肯定的評価を有する人々にとっては、逆に、刑の執行の相当性を記念する主観的な効果を有すると推認されるのであって、歴史的事実を記念する施設におけるこのような主観的効果は、記念されている事実自体に対して個々人が有している評価の反映というべきものであり、歴史的事実に対しては多様な評価が存在することが通例であるから、一部の人々に対する前記のような主観的効果を以て、当該施設の性格を決定づけることはできないものといわなければならない。

(五)  以上によれば、本件記念碑は、戦犯の処刑を含めた戦争裁判という歴史的事実を肯定的評価あるいは否定的評価のいずれも示すことなく、ただ事実として記念する目的及び社会的客観的効果を有する施設として設置され、維持管理をされているものと認めることができ、本件記念碑及び本件施設が、A級戦犯に対する極東国際軍事法廷による裁判及び同裁判によって科された刑の執行の事実を不当なものとして記念し、戦犯を美化して戦争の犠牲者又は殉難者として後世の国民に印象づける目的ないし効果を有していると認めることはできないものというべきである。

なお、前記のとおり、本件施設は本件記念碑及びその周囲の植栽等で構成されているところ、本件記念碑は戦犯の処刑を含めた戦争裁判という歴史的事実を記念する目的及び社会的効果を有する石碑であるから、都市公園法施行令四条五項に定める「記念碑」に該当するということができるものであり、また、本件記念碑の周囲の植栽等が同条一項に定める修景施設に該当することはあきらかである。よって、本件施設が同条五項に定める「遺跡」に該当することを前提として、本件記念碑及び本件施設の設置及び維持管理が都市公園法に違反するとの原告らの主張(請求原因3(二))は、理由がないものというべきである。

そうすると、本件記念碑及び本件施設の設置及び維持管理には原告らの主張するような違憲、違法は存しないものというべきであるから、原告らの主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないものといわなければならない。

三  昭和五八年(行ウ)第七四号事件について

1  訴えの適法性について

(一)  本案前の主張1について

被告日比寛道は、右訴えは、形式的には公金の支出の違法を対象とするが、実質的には住民訴訟の対象とならない都市公園の管理行為という一般行政上の行為の違法を対象とするものであって、不適法であると主張するが、右訴えは、財務会計上の行為である本件施設の維持管理費の支出命令自体の違法を対象としているものである以上、住民訴訟として適法であり、同被告の主張する事由は、財務会計上の行為がその前提となる非財務的行為が違法、無効であることによって違法となるかどうかという財務会計上の行為の違法性の判断に係る本案の問題である。

したがって、右主張は理由がない。

(二)  同2について

被告日比寛道は、右訴えが監査請求前置の要件を満たしていないと主張する。

しかし、住民訴訟の対象となる行為又は事実は、監査請求に係る行為又は事実から派生し、またはこれを前提として後続することが必然的に予測されるすべての行為又は事実に及ぶと解すべきであるところ、原告らが請求原因6(一)の監査請求を経由していることは当事者間に争いがなく、右訴えは、右監査請求の対象となった本件記念碑等の施設の設置に係る行為から派生又は後続することが当然に予測される本件施設の維持管理費の支出行為を対象とするものであるから、右監査請求をもって、監査請求前置の要件を満たしているものということができる。

したがって、右主張は理由がない。

(三)  同3について

(1) 被告日比寛道は、右訴えは、前記監査請求の結果の通知から三〇日以上を経過してから提起されたものであるから、地方自治法二四二条の二第二項一号所定の出訴期間の制限に背反すると主張する。

(2) 原告らが右訴えに係る監査請求につき、監査結果の通知を受けたのは、原告山家和子が昭和五五年七月一八日、その余の原告が同年八月八日であることは当事者間に争いがなく、右通知後右訴えの提起に至る経緯が以下のとおりであったことは、本件記録上明らかである。

ア 原告らは、昭和五五年八月一五日豊島区長を被告として、〈1〉本件記念碑を撤去しないことは、豊島区長に本件公園の管理を怠る違法があることの確認及び、〈2〉本件記念碑に対する維持管理費の支出の差止めを求める昭和五五年(行ウ)第一〇四号事件の訴状を当裁判所に提出した。

イ 昭和五五年一二月一二日提出の書面に基づき、右〈2〉の訴えを本件公園の維持管理費の支出の差止めを求める訴えに変更した。

ウ 昭和五七年九月三日提出の書面に基づき、右〈2〉の訴えに、本件施設の維持管理費の支出の差止めを求める訴えを予備的に追加した。

エ 昭和五八年四月五日提出の書面に基づき、被告日比寛道を被告として、本件施設に対する昭和五五年度分の維持管理費の支出について七七万二五五〇円の損害賠償を求める昭和五八年(行ウ)第七四号事件の訴えを訴えの追加的変更の手続により提起した。

オ 昭和五九年五月二日提出の書面に基づき、右エの訴えを、昭和五六年度ないし五八年度分の支出に対する損害賠償を含め、昭和五五年度ないし五八年度の間の支出額相当額三八六万二五五〇円の賠償を求める訴えに変更した。なお、右訴えは、後に一部が取り下げられ、昭和五五年度及び昭和五六年度分の支出に対する損害賠償請求に減縮された。

(3) 監査請求の前置について前記のとおり解する以上、監査請求を提起した者は、当該請求に係る行為又は事実から派生し、またはこれを前提として後続することが必然的に予測された行為又は事実に対して、このような行為が行われ又は事実が発生した場合、直ちに住民訴訟を提起することができる反面、同一の違法事由を主張してあらためて監査を請求することは許されないと解するのが相当である。

しかし、このような場合に地方自治法二四二条の二第二項一号所定の出訴期間の規定がそのまま適用されるとすると、監査結果の通知後三〇日以上を経過してから右後続的、派生的行為が行われたようなときには、右行為時において既に出訴期間が徒過していることになり、当該行為に対し、住民訴訟を提起する途が閉ざされることになる。したがって、このような場合には右規定の適用はなく、後続的、派生的行為が行われた時点をもって、出訴期間の起算点とするのが相当である。

次に、本件訴えは、訴えの追加的変更の手続きにより提起されたものであるが、訴えの追加的変更は、住民訴訟においても、変更後の新請求に関する限り新たな訴えの提起にほかならない。したがって、変更後の新請求に関する出訴期間が遵守されているかどうかは、変更後の新請求と変更前の旧請求との間に訴訟物の同一性が認められるとき、又は両者の間に存する関係から、変更後の新請求に係る訴えを当初の訴えの提起の時に提起されたものと同視し、出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情があるときを除き、右訴えの変更時を基準としてこれを決しなければならない。

本件訴えの変更は、前記のとおり、原告らが違法と主張する昭和五五年度及び昭和五六年度における本件施設の維持管理費の支出行為があったときから少なくとも一年余を経過した時点で行われたものである。しかし、本訴請求と変更前の旧請求とのように、公金の支出を違法として事前にその差止めを求める請求と事後的に同じ違法を主張して損害賠償を求める請求とは、その中心的な争点を共通とするものであるのみならず、公金の支出の差止め、公金の支出、損害賠償の請求はいわば一連の流れであって、差止めを訴訟上求められている公金の支出をすれば、これに対する損害賠償の請求がされるであろうことは当然予測しうるものであるから、後者の損害賠償を求める訴えは、出訴期間の遵守の関係では、前者の公金の支出の差止めを求める訴えが提起されたときに提起されたものとみることができるというべきであり、また、被告についてみても、本件においては、右旧請求の被告が行政機関である豊島区長であるのに対し、本訴請求の被告が豊島区長であった日比寛道個人であり、両者は観念的に異なるものの、弁論の全趣旨によれば、被告日比寛道は右旧請求の訴えの提起以前から継続的に豊島区長の地位にあることが認められるから、両者は実質的には同一であるということができる。よって、右旧請求と本訴請求との間の右のような関係からすれば、本件においては、前記特段の事情があるものと解すべきである。

したがって、本件訴えは出訴期間の遵守において欠けるところはなく、被告日比寛道の右主張は理由がない。

(四)  同4について

本件において賠償命令の手続を経由していない旨の被告日比寛道の主張が理由がないことは、最高裁第一小法廷昭和六一年二月二七日判決(民集四〇巻一号八八頁)の判示するとおりである。

2  本案についての判断

原告らは、本件施設の維持管理が憲法及び都市公園法に違反することを前提として、本件施設に対する維持管理費の支出が違法であると主張するものであるところ、本件施設の維持管理に原告らの主張するような違憲ないし違法がないことは前記のとおりであるから、原告らの右請求も理由がないこととなる。

四  昭和五九年(行ウ)第六三号事件について

地方自治法二四四条二項により、監査の対象となるべき行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、当該行為について監査を請求することはできないこととされている。

原告らの主張によれば、原告らは、昭和五七年四月一日から昭和五八年三月三一日までの期間における本件施設の維持管理費の支出について、昭和五九年三月三〇日に監査請求をしたというのであるから、原告らの監査請求のうち昭和五八年三月二九日以前における右支出に対する部分は、前記期間制限に背反した不適法な請求といわざるを得ない。

なお、原告らは、請求原因6(二)(2)において、本件施設の維持管理費用の支出は維持管理行為の連続性ゆえに一体的なものであり、したがって、同行為が継続している以上、右支出行為はいまだ終了していないと主張する。しかし、右費用の各支出行為は、同一の施設に係る同様の費用の支出行為という点で共通性を有するものの、それぞれが並列的な独立した行為であり、右事由のみからこれを一体的ないし一連の継続的行為とみることはできない。

また、昭和五八年三月三〇日及び同月三一日における右支出については、原告らの右監査請求は前記期間制限には違反しないものの、右両日中に、被告日比寛道が右費用の支出を命じ、あるいは同支出命令に基づく支出が行われたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告らの右訴えは、適法な監査請求の前置を欠き、あるいは対象となるべき行為の存在が不明であるから、不適法なものといわざるを得ない。

五  よって、昭和五五年(行ウ)第一〇四号事件の請求の趣旨第二項の主位的請求及び予備的請求並びに昭和五八年(行ウ)第七四号事件の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、その余の請求に係る訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 北澤 晶 裁判官 中山顕裕は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 宍戸達徳)

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